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大阪地方裁判所 昭和27年(ワ)3804号 判決

原告 塩坂千代

被告 土屋ヒロエ 外二名

主文

被告土屋ヒロエは原告に対し原告より金弐拾弐万円の支払を受けると引換えに大阪市都島区東野田町六丁目九十五番地宅地六十二坪の内二十坪及び同地上の家屋番号同町第二二六番木造瓦葺平屋建居宅一棟建坪十三坪九勺を引渡せ。

被告土屋ヒロエは原告に対し昭和二十七年三月十二日から同年十一月三十日まで一ケ月金百六拾弐円、同年十二月一日から右土地引渡済に至るまで一ケ月金百七拾弐円の各割合による金員を支払え。

原告の被告土屋ヒロエに対する其の余の請求を棄却する。

被告土屋銀之助は前第一項記載の建物より退去せよ。

原告の被告千葉敏正に対する請求を棄却する。

訴訟費用中原告と被告千葉敏正との間に生じた分は原告の負担、其の余の部分は被告土屋ヒロエ同土屋銀之助の負担とする。

本判決は原告において被告土屋ヒロエ同土屋銀之助に対し各金五万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は被告土屋ヒロエは原告に対し主文第一項掲記の建物を収去して同記載の敷地二十坪を明渡し且つ被告千葉敏正と連帯して原告に対し昭和二十七年三月十二日以降右土地明渡完了に至るまで一ケ月金百七十二円の割合による金員を支払え、被告千葉敏正、同土屋銀之助は右建物より退去せよ、訴訟費用は被告等の負担とする旨の判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め其の請求の原因として原告は主文第一項掲記宅地六十二坪を所有するところ被告千葉敏正は昭和二十四年六月原告に無断で右宅地の内二十坪の地上に主文第一項掲記の居宅一棟建坪十三坪九勺を新築したので其の不法を難詰し交渉を重ねた末昭和二十五年七月二十日被告千葉が右土地につき区劃整理が発表せられるまでの間建物の敷地を無償使用することを許されない旨申出たので原告はやむなくこれを承諾したところ昭和二十六年七月十一日区劃整理発表せられたので再三明渡を催告し昭和二十六年九月一日被告千葉に到達した書面を以つて同被告に対し右土地明渡を請求したが被告千葉はこれに応ぜず昭和二十七年三月十二日原告に無断で右地上建物を被告土屋ヒロエに売渡し所有権移転登記をした。しかしながら右宅地の使用貸借契約は昭和二十六年七月十一日約定の期限到来と共に終了した。仮りにそうでないとしても被告千葉は原告に無断で被告土屋ヒロエに対し右敷地を転貸したから原告は民法第五百九十四条に依り被告千葉に対し本訴において右使用貸借契約を解除する。又被告千葉の右敷地使用が賃貸借であるとすれば本訴において被告千葉に対し同法第六百十二条に依り右賃貸借契約を解除する。従つて被告土屋ヒロエは原告に対抗すべき何等の権原なしに右建物を所有することにより其の敷地二十坪を不法占拠し右建物に居住する被告千葉と共同して原告の使用収益を妨げ一ケ月金百七十二円の地代相当の損害を与えつつあるものである。よつて本訴において所有権に基き被告土屋ヒロエに対し右建物を収去して其の敷地二十坪の明渡を求めると共に被告ヒロエ及び被告千葉に対し連帯して昭和二十七年三月十二日以降右土地明渡完了に至るまで一ケ月金百七十二円の割合による損害金の支払を求め、右建物を占有することにより原告の右敷地の所有権を侵害しつつある被告土屋銀之助に対し右建物より退去することを求めると陳述した。〈立証省略〉

被告三名訴訟代理人は原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする旨の判決を求め答弁として被告千葉敏正が原告主張の宅地の内三十坪の地上に原告主張の建物を新築し其の主張の日時被告土屋ヒロエに対し右建物を売渡し被告土屋ヒロエが所有権移転登記を受け現にこれを所有すること及び被告土屋銀之助が右建物を使用占有することはいづれもこれを認めるけれども其の余の原告主張の事実を否認する。本件宅地は原告の夫訴外塩坂英三の所有であつて原告の所有ではない。被告千葉敏正は訴外英三より本件係争土地につき右建物を所有するために存続期間及び地代の定がない地上権設定を受け右建物につき昭和二十五年七月二十日保存登記を経由したものである。即ち被告千葉は昭和二十三年十二月大阪市西淀川区柏里町一丁目において住宅一戸を買受けて居住し原告の夫英三方に出入して家事、金融等を手伝つていたが訴外英三が昭和二十四年一月頃自宅から約一町隔てた場所で土地を買入れたから被告千葉に右土地の一部に住宅を新築して引越せ地代は心配しないで自由に建物を建築せよと親切に勧めて呉れたので被告千葉は自宅を売払つて訴外英三の右土地を使用して住宅を新築しようと決意し其の頃訴外英三と立会の上敷地三十坪を選定して引渡を受け同年二月新築工事に着工し同年三月末頃建築完成すると共に被告千葉がこれに転居し昭和二十五年七月二十日右建物につき保存登記を経由した。かくて被告千葉は訴外英三より本件宅地三十坪につき建物所有のためにする存続期間の定がない地上権設定を受けたのである。仮りに右宅地が真実原告の所有であるとしても原告の夫訴外英三が原告を代理して被告千葉との間に右地上権設定契約を締結し原告がこれに承諾を与えたものである昭和二十五年七月二十日被告千葉が右地上建物の保存登記をするに当り訴外英三に対し将来右敷地三十坪が土地区劃整理により収用せられる場合右地上権を放棄することを予め約諾したところ仮換地指定の結果現状のまゝに残されることに確定したけれども被告千葉が金策に窮した結果昭和二十七年一月三十日被告土屋ヒロエに対し右建物と共に地上権を売却の上右建物を被告土屋ヒロエに引渡し同年三月十二日所有権移転登記をした次第である。従つて被告土屋ヒロエ及び同被告の夫被告土屋銀之助はいづれも本件土地につき被告ヒロエの取得した右地上権を以て対抗する。仮りに被告土屋ヒロエにおいて其の所有の建物を収去せねばならないものとすれば借地法第十条に依り本訴において原告に対し本件地上建物の買取を請求する。右建物の時価金五十万円であるから被告土屋ヒロエは原告より右建物の代価の支払を受けるまで原告の右建物の引渡を拒絶することができる。以上何れの理由によるも原告の本訴請求は失当であると陳述した。〈立証省略〉

理由

成立に争がない甲第一号証、同第九号証及び証人塩坂英三の証言に依れば原告が夫訴外塩坂英三を代理人として訴外川口四郎吉より原告主張の宅地六十二坪を買取り昭和二十四年九月十一日所有権取得登記を受けたことを認定するに足りる。被告千葉敏正が右宅地六十二坪の内二十坪の地上に原告主張の居宅一棟を新築所有し昭和二十五年七月二十日保存登記を経由し昭和二十七年一月三十日被告土屋ヒロエに売渡し同年三月十二日所有権移転登記をしたこと及び被告土屋銀之助が現に右建物を占有使用することはいづれも原告と被告等との間に争がない。原告は被告千葉敏正に対し右宅地二十坪を土地区劃整理が発表されるまでの期間使用貸借したところ昭和二十六年七月十一日右土地につき区劃整理が発表されたから同日限り右土地使用貸借契約終了した。仮りに被告千葉との間に右土地の賃貸借成立したものとしても被告千葉が原告に無断で被告土屋ヒロエに対し貸借権を譲渡したから原告は本訴において被告千葉に対し右土地賃貸借契約を解除する旨主張するに対し被告等は被告千葉が原告より右宅地につき存在期間及び地代の定がない地上権の設定を受けた旨抗争するから按ずるに原告と被告千葉との間に原告主張の土地使用貸借契約成立したとの証人塩坂英三の証言は左記各証拠と対照してたやすく信用し難く他に原告の右主張事実を肯認すべき証拠がない。却つて各成立に争ない甲第二号証乃至第七号証、及び証人宇野徳七、同内田宗平同大井光明の各証言並びに被告本人千葉敏正尋問の結果を綜合すれば原告の夫訴外英三が支那上海に在住当時眤懇関係ある被告千葉と終戦後大阪市において訴外英三の出資の下に商品、不動産等の思惑売買等に従事していたが訴外英三が昭和二十三年十二月原告の出金で訴外川口四郎吉より自宅附近に所在する本件宅地六十二坪外三筆を代金十五万円で買取り内金十万円を支払つて右土地の引渡を受け被告千葉に対し右土地に住宅を新築して移転することを勧説したので被告千葉において自己の西淀川区柏里町の居宅を売却して英三より右土地の一部を借受け住宅を新築することとし昭和二十四年二月頃原告の所有財産一切を管理する訴外英三が原告を代理して被告千葉に対し被告千葉が再度上海に渡航する場合返還を受ける約束で訴外英三の指定する本件土地二十坪につき被告千葉をして建物を所有させるために地代の定ない地上権を設定することを暗黙に契約したこと被告千葉が訴外英三より右土地二十坪の引渡を受けて建築工事に着手し同年四月末頃本件建物の建築完成してこれに移転し昭和二十五年七月二十日右建物の保存登記をするに当り他日土地区劃整理により本件建物が移転せられる場合原告のために右地上権を放棄することを原告に約したが換地予定地指定の結果本件建物の敷地が収用されずに済んだこと及び被告千葉が其の後訴外英三と感情疎隔し相反目するに及んで負債のために被告土屋ヒロエに対し右建物を地上権と共に代金二十二万円で売渡し右土地建物を引渡したことを認定するに足りる。従つて被告千葉の本件土地につき取得した右地上権につき其の設定契約において別段の附款がなされたことにつき原告の主張立証がない以上借地法第二条第一項に依り三十年間存続すべきところ右一筆の土地の一部につき地上権設定登記のなされなかつたことは本件当事者間に争がないから被告千葉より右地上権譲渡を受けた被告土屋ヒロエは右地上権の目的である土地の上建物につき登記を受けるも右地上権譲渡につき登記がない限り被告土屋ヒロエの右建物登記は先きだつて右土地の所有権を取得した原告に対し右地上権の取得を以て対抗することのできないことは民法第百七十条建物保護に関する法律第一条第一項の解釈上疑がない。従つて被告土屋ヒロエは原告に対し本件建物を収去して其の敷地二十坪を明渡し右売買登記を経た昭和二十七年三月十二日以降右土地明渡済に至るまで地代相当の損害金を支払うべき義務あるものといわねばならない。そこで被告土屋ヒロエの原告に対する右建物買取請求につき按ずるに建物所有のためにする地上権を有する者は地上権設定所有者の意思にかかわりなく右地上権を処分することができるから地上権移転登記を受けた譲受人については借地法第十条の適用ないけれども地上権設定登記を有しない地上権者より地上権の目的である土地の上の建物を地上権と共に譲受けた者が事実上地上権移転登記手続を受けることが至難な場合においては同法条の律意にかんがみこれに準拠して右土地の抵当権設定所有者に対し時価を以て地上建物の買取を請求することができるものと解するのを相当と認める。被告土屋ヒロエが昭和二十八年十月六日の口頭弁論期日において原告に対し本件建物の買取を請求したことは記録上明白であるから原告と被告土屋ヒロエとの間において其の時の時価相当額を以て右建物につき売買の効力発生し鑑定人佃順太郎の鑑定の結果(敷地二十五坪を基準とする)と被告ヒロエが代金二十二万円で右家屋を買取つたことの前記認定事実とを参酌して本件建物の右買取権行使の時における価格を金二十二万円相当と認むべきであるから被告土屋ヒロエは原告より右代金額の支払を受けると引換えに本件建物及び其の敷地二十坪を原告に対し引渡すべき義務を負うものといわねばならない。しかして成立に争ない甲第十号証の一に依れば本件土地一坪の昭和二十七年度におけ固定資産税台帳に登録せられた評定価格金三千六百九十九円六十銭であることが明かであるから昭和二十六年物価庁告示第百八十号、昭和二十七年建設省告示第千四百十八号に依れば昭和二十七年三月十二日以降同年十一月三十日までの本件土地二十坪の地代統制額一ケ月金百六十二円、同年十二月一日以降一ケ月金二百二十一円であることは算数上知ることができる。被告土屋ヒロエの行使した本件建物買取請求権が其の効力発生した後においてもなお同被告が右建物の占有を継続する限りこれにより原告の右敷地所有権を侵害するものといい得るから原告に対し右地代統制額相当の損害金を支払うべき責あることは疑がない。してみれば被告土屋ヒロエは原告に対し原告より右建物の代価金二十二万円の支払を受けると引換えに本件土地二十坪と共に右地上建物を引渡し且つ昭和二十七年三月十二日から同年十一月三十日まで一ケ月金百六十二円の割合、同年十二月一日より右土地引渡済に至るまで原告の請求する一ケ月金百七十二円の割合による右地代に相当する損害金を支払うべき義務あることが叙上説明するところにより明かであるから原告の被告土屋ヒロエに対する本訴請求は右認定の限度において正当として認容し其の余を失当として棄却すべきものとする。被告土屋銀之助は原告対抗できる正権原なくして本件建物を占有することにより其の敷地二十坪に対する原告の所有権を侵害することは叙上認定するところにより明白であるから原告が右土地所有権に基いて被告銀之助に対し右建物より退去を求める本訴は正当であるからこれを認容すべきものとする。被告千葉敏正は昭和二十七年三月十二日本件土地に対して取得した地上権を処分して後右土地を占有するものでないことは先きに認定した事実により自から明かであるから同被告が被告土屋ヒロエと共同して本件土地を不法占拠することを前提とする被告千葉に対する本訴請求は失当として棄却を免れない。よつて民事訴訟法第八十九条第九十二条第九十三条第百九十六条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 南新一)

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